久方ぶりに「となりのトトロ」をテレビ画面で観ていたら、子供の頃を思い出した。
10歳から父の実家、富山県の典型的な農家で暮らす事になった。
その家の玄関は、狭い家で育った私には、旅館のように見えた。
一階の応接間だけがドアの個室で、幾つもの座敷という部屋の天井は高く立派な彫りの欄間と襖で仕切られていた。なかでも仏間の隣、書院作りの奥座敷は子供ながらに素敵に思ったが、「此処には独りでは居たくない」と感じ、ほとんど入ることはなかった。
ある日、義父に奥座敷の飾り棚から香炉を持ってくるように頼まれた。
閉まっていた襖を開け、落とさないように両手で香炉を持ち、部屋を出ようとした時、「あれっ」と思うと同時に、ゾクッと寒気がした。
部屋を出やすいように、否、一人でその部屋に入るのが怖くて開けっ放しにしたはずの襖が閉じていたのだ。
その襖をどの様に開けて、義父の居る部屋に戻ったのか覚えていない。
ダーンと大きな音がしたと思ったら、血相を変え走って戻ってきた私を見た義父は、「香炉を壊したな」と思ったと言い、襖の話を聞いてから「そりゃ、思い違いや。怖がりやなあ」と笑っていた。
「襖は開けたら閉める」と祖母に口煩く言われていた私は、「無意識に閉めたんだ」と思う事にしたが、何か怖いと思う気持ちは拭えずこの日から、座敷に独りでは入らなかった。
夏休みもあと一週間で終わる日、怖さを感じた日から一年半経っていた。
奥座敷への気味悪さも薄らいでいたのと、この家にも馴染んできたせいか、残っていた宿題をその日に済ませてしまおうと、大きな座卓のある奥座敷でする事にした。
明るいうちに終わらず、夕食後も奥座敷に戻り宿題を続けていた。
何時だったか「○○ちゃん」の義母の大声に飛び上がるほどびっくりした。
義母の声がよっぽど大きかったのだろう。義父も部屋に入ってきた。
義母が言うには、「話しかけながら襖を開け、傍に寄っても返事もしないし、坐ったまま寝てるんかなと思い持ってきた水羊羹を、目の前に置いてもジッと動かない"これは普通でない気がして”大声で私の名前を呼んだ」と云う。
咄嗟に変な子供と思われたくなくて「お義母さんをちょっと驚かそうと思ってじっとしていた」と嘘をついたが、本当は、義母の大声がするまで、何も聞こえていなかったのだ。
きりを付けて自分の部屋に行き寝るから心配しないように言うと、「もう9時だから明日にしたら」と言って二人は出て行った。
「もう9時だから寝ろってことだな」そう思い、床の間の右横を何気なく見てから、水羊羹を一口で食べ、座卓いっぱいに広げていた宿題を片付け始めた。
床の間横の飾り棚下には、70センチぐらいの高さのガラスケースに入って博多人形、藤娘、フランス人形が、10センチ程の隙間を開けて等間隔に置かれていた。
「やっぱりこの部屋には、この人形達は合わないな」と思いながら床の間からフランス人形に視線を移した時だ。
奇妙な小っちゃなモノが、フランス人形と右壁との隙間から出て来て、パッパッと左右を見たかと思ったら、左に向かって走り出し、博多人形と左端壁の隙間にその小っちゃなモノが入っていくのを見た。
その小っちゃなモノの顔は、小鬼のようで、2本足で立ち素早く3体の人形の前を通って吸い込まれるように入っていったのだ。
‟今の何!今の何!”の言葉が頭の中でグルグル回り、心臓の音がドンドンと、耳に響いていた。
なのに、隙間の前飛び出して来たらどうしようと思いながらも、顔を下げ奥を覗きにいったのだ。その時のドキドキ感を60年過ぎた今も蘇ってくる。
普段、ゴキブリや子ネズミにもキャーキャー言いながら逃げ回るのに確かめに覗くなんて自分でも驚きの行動だった。
"何もいない” 人形と人形の間も見た。"やっぱり何もいない。”
「また、出て来てくれれば良いな。」そんな事を思っていたせいか、電気を消して暗くなった奥座敷から出る時も怖く無かった。
翌日、「夕べ見た小っちゃなモノはネズミだったかもしれない」と考え、奥座敷の人形を退かしてみたが、ネズミの糞や虫なんかもなかった。
「やっぱり、見たのは小鬼だったんだ」奇妙な満足感があった。
小っちゃなモノにまた会いたくて、奥座敷で本を読んだりして過ごすことが多くなっていたが、残念ながらあの日以来、見ることは無かった。